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December 19, 2004

チェ=ゲバラ

本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ
(Ernesto Rafael Guevara de la Serna, 1928年6月14日 - 1967年10月9日)
は、アルゼンチン生まれのマルクス主義革命家で、キューバのゲリラ指導者。
「チェ」はアルゼンチンのスペイン語で相手に呼びかけるときに使う言葉
に由来するあだ名である。
革命家として日本の坂本竜馬を非常に尊敬していたという。

↓こんな人
gebara

チェ・ゲバラ(Ché Guevara)
ブエノスアイレス大学で医学を学ぶ。
在学中の1951年にオートバイで南アメリカをまわる放浪旅行を経験し、
南米各地の状況を見聞するうちにマルクス主義革命を志すようになった。
1953年に大学を卒業した後、J.D.ペロンの独裁政権下のアルゼンチンを離れ、
アルベンス・グスマン社会主義政権下のグアテマラに行く。
グスマン政権がCIAに後押しされた反抗勢力に倒されると、メキシコに移り、
この地に亡命中のフィデル・カストロと出会った。
キューバのフルヘンシオ・バティスタ独裁政権打倒を目指すカストロに共感したゲバラは、
反バティスタ武装ゲリラ闘争に参加することを決意する。

1956年、メキシコでカストロとゲバラの組織した革命軍は
メキシコから一隻のクルーザー「グランマ号」でキューバへ渡る。
上陸後すぐにバティスタ政権の攻撃を受け、80人のメンバーは12人しか生き残らなかったが、
カストロとゲバラは生存者であった。
かれらは、キューバ東部のシエラ・マエストラ山地に篭って再起し、武装闘争を継続した。
カストロのゲリラの指導のもとに次第に反政府勢力が結集し、
1959年、ついにバティスタは亡命する。

カストロの革命政権のもとで、
キューバ国立銀行総裁、工業省、キューバ統一革命組織幹部会員などを歴任し、
外交の面でも重要な役割を果たした。
しかし政権の中枢に落ち着くことになじめず、ゲリラ戦争の経験を活かした革命を
他の国でも成し遂げるべくキューバを離れる。
アフリカのコンゴで革命を指導した後、南米のボリビアに渡るが、
1967年10月8日、この地でアメリカ特殊部隊の支援を受けた政権により捕えられ、
その翌日に殺害された。

チェ・ゲバラの生涯と思想は西側の若者や革命を目指す者たちに熱狂的にもてはやされ、
その写真は1960年代の後半頃からTシャツやポスターに印刷されるシンボルとなった。


*補足*
1941年 コルドバの高等学校に入学。喘息にもかかわらず、ラグビーや『サッカー』などの激しいスポーツを愛好


gebara2
←かっこいいやね

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Posted by: 石垣眞人 | October 10, 2008 at 02:50 PM

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